メモ:12章

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12章 厳粛な誓約と約束

A Solemn Vow and Promise
solemn vowでカトリックの用語の盛式誓願(私有財産と結婚を認めない) [リーダーズ+] 。アンとダイアナの物品の共有、結婚の可能性を排除する意味だろうか。 promiseには女性が婚約する意味もあるが、solemn vowとみかけ上意味が逆になってしまう。 vowもpromiseもアンとダイアナが友達の関係になり、 (想像上はともかく現実の)男の子を間に割り込ませないということ? それともプロテスタントだと関係ない?
The Book of Common Prayerの結婚式の祈りSOLEMNIZATION OF MATRIMONYに似ている [Common Prayer]
神とその民の契約は婚姻関係で語られる [西洋シンボル事典] ので、アンとダイアナの友情の誓いと契約だから、これでも良さそうな気もする。 あるいは、非常に親密な関係という意味で、 一種の結婚なのかもしれない(前記の盛式誓願とは逆の解釈になる)。 この章の後で示すエデンの園仮説に従い、 アンがアダム、ダイアナがイブ役なら結婚の意味になりうる?
後で"At the brook they parted with many promises to spend the next afternoon together." と言っているので、A Solemn Vow and Promiseは、友達になる誓約の意味と、 小川の流れる水の上で明日以降の遊びの約束の2つの意味がある。 2重に約束させているのは何か意味があるのか?
[申命記023:023] に、誓約したこと、口に出したことは守れとある。 アンとダイアナはそれを実行していくことになる。
That which is gone out of thy lips thou shalt keep and
perform; even a freewill offering, according as thou hast
vowed unto the LORD thy God, which thou hast promised with thy
mouth.
All I want is that you should behave like other little girls and not make yourself ridiculous.
アンは日曜日の帽子以外では花輪は禁止されていると思っていない。 AGG(J):15章 ギルバートの隣に座らせられちゃった事件の時、アンは外でユリの花輪をかぶっていた。
Orchard Slope
Slopeは丘、山であり、楽園を意味する。 果樹園や管理された美しい庭があるOrchard Slopeはエデンの園だろう。 人の立ち入りを制限する森の中にあり、 好き放題に草木が茂るIdlewildは異教の野蛮の園と言える。 灰色のバリー家は厳格なバリー夫人により管理されるダイアナの牢獄、 緑のグリーン・ゲイブルズはアンの神殿。 Dryad's Bubbleは赤い砂岩で囲われていて、生命の泉、ストーン・サークル、異教の神の祭壇。 DianaとAnneの邂逅は異教の女神同士の出会いの意味だろう。
DianaとAnneは名前の見かけはそれぞれローマ神話の女神、キリスト教の聖女だが、 実際はDianaがキリスト教、束縛、保守(教育/政治)、Anneが異教、自由、革新 (教育/政治) として対立するものを意味するだろう。名前が逆転しているのは、 あまり対比があからさま過ぎないようにと、実際はお互いが自分の理想像である関係だから。 それで、初めて会ったときすんなり仲良くなれた。 教会ではアンは他の女の子とは全然仲良くなれなかったので、 ダイアナと友達になるのは他の子とは全く異なる意味を持たせているはず。
ダイアナとアンの見かけの差も重要。 ダイアナの否定・悲しみの黒:黒い髪、黒い目、家にこもりがちで色白な肌、 ふっくらした体つき、従順な性格に対し、 アンの愛・支配・怒りの火の赤:赤い髪、灰緑色の目、一生懸命働いてきた日焼けした肌、 痩せた体つき、反抗的な性格。 ダイアナの裕福(ジョセフィン叔母にお金を出してもらって歌のレッスン)と、 アンの質素な生活の対比の意味もある?
子供時代とエデンの園、呪いに関しては、 [日記(E)1,p.379, Jan. 6, 1910] と比較。
At that moment the curse[death] of the race came upon me...(中略)... and I turned my back on the Eden of childhood where everything had seemed everlasting.
How do you do, Marilla?
バリー夫人はセオリー通りの丁寧だが堅苦しい挨拶である。 ダイアナを酔わせた後では、剣もほろろの対応になる。 LMMは挨拶のシーンをちゃんと描き分けている。
Outside in the garden, which was full of mellow sunset light streaming through the dark old firs to the west of it
LMMが美しいと感じる情景は、(夕方の?)陽の光が何かを通し(光線状に)差し込み、 明暗のコントラストがはっきりしている情景のようである。 もちろんそれ以外の情景も描かれているが、 特に重要な場面ではこういう情景が目立つように思う。 その瞬間まで見逃してきた局面が、特に際立って光を当てられるためなんだろう。 雲の間から光が差し込むのは、神の存在を意味する [基教シンボル事典] ので、一種の啓示の場面となる。 単語帳のlightの項 を参照。
[Alpine Path,p.11] によると、LMMからみたPEI島の美しさは、色のコントラストがはっきりしていることにあると書いてある。 (赤い土、エメラルドの高台と草地、サファイアの海)
Anne and Diana, gazing bashfully at each other over a clump of gorgeous tiger lilies
ユリは純潔、無垢、処女性の象徴で、選ばれた者の意味もある [西洋シンボル事典] 。誓約の純粋さ、お互いが選びあった者という意味だろう。
The Barry garden was a bowery wilderness of flowers
Orchard Slope/バリー家/バリー家の庭はエデンの園を構成すると思う。
  1. 丘の上にある(エデンの園は川が流れ出す山/丘にあるらしい)。
  2. ダイアナは本ばかり読んで家を出ようとしなかった(エデンの園で充足)。
  3. 庭の周りが(木で)丸く囲われている(完全で閉じた園)。バリー家も森である程度囲われている。
  4. 直角に交差した小径で、水を想起させる貝殻で飾られている (エデンの園から流れ出す4本の川、もし細かい小径の中で、目立つメインストリートのような 太い十字にクロスした道があれば、それこそ4本の川になるのだが)。 アンはこの小径を流れる水と思えと言っている。
  5. 果樹園があり、庭には各種の花が咲き乱れ蜂がのどかに飛んでいる(生き物の調和の園)。
  6. Adam-and-Eveが咲いている。
ダイアナがイヴ役、アダムはダイアナと仲の良い朗らかなバリー氏? 厳格なバリー夫人は門番の天使か楽園追放係の炎の剣を持つケルビム [西洋シンボル事典] 、ミニー・メイと若いメアリー・ジョーは下っ端の天使、こんな配役だろうか。 (悪?)知恵を持つアンはイヴを誘惑に来た蛇。この蛇は人の顔を持って描かれることがある。 アンはダイアナをエデンの園から連れ出した後、アダム役になるのかもしれない。 学校への通り道であるLovers' Laneは、そういう二人のための道のことでは?
ミルトンの「失楽園」 [失楽園] によると、神の率いる天使軍団との戦争に負けたサタンは、 万魔殿(Pandemonium)からわざわざ地上に遠征し、蛇に化けてイヴを誘惑した。 途中、天使に化けたサタンを見つけた見張り役が大天使ウリエル、警備役の守護天使の隊長がガブリエル。 (ガブリエルは聖母マリアに受胎告知をしたので、唯一の女性の天使と見なされることもある。 AGG(J):27章 では"Angel Gabriel himself"とあるので、LMMは天使ガブリエルを男性と見ていた。)
サタン(アン)にイヴ(ダイアナ)が誘惑され、 アダムであるアンはダイアナと共にエデンの園を出ていったので、 バリー夫人からすると「失楽園(Paradise Lost)」と見えるが、 アンはイエスでもあるから、実は「復楽園(Paradise Regained)」とも言える。
[Annotated AGG,p.437] によると、バリー家の庭は [日記(E)1,p.263, Aug.28, 1901] にある理想の庭(LMM自身が自分の理想の庭を"garden enclosed"と言っている)を表現していて、 garden enclosedは囲まれた庭(hortus conclusus)であり、 聖母マリアの女性性と平和の園(小庭園)であるとのこと。 ( [欽定版聖書] ではgarden inclosedとなっている [雅歌,004:012] 。)
A garden inclosed is my sister, my spouse; a spring shut up, a
fountain sealed.
[基教シンボル事典] によると、聖母マリアの小庭園では、エデンの園と異なり動物が除外されるとある。 たしかに居るのは蜜蜂だけである。 また小庭園には門がないか、鍵のかかった1つの門だけ。 バリー夫人が鍵を掛けて閉じこめているのだろう( Barry を参照)。
"bowery(あずま屋のある、木陰の多い) wilderness"のbower(木陰のあずま屋)は、 聖母マリアが描かれる舞台 [基教シンボル事典,p.38] なので、これも小庭園である証拠となるかもしれない。
LMM自身が自分の理想の庭を"garden enclosed"と言っているので、 聖母子のための小庭園が適当なのかもしれないが、 状況証拠から考えるとエデンの園でも良いと思う。どうだろうか?
bleeding-hearts
ケマンソウ、おおげさに同情する人の意味もある [リーダーズ+] 。イエスの贖罪の血のイメージは、 エデンの園から逃げ出していない二人にはまだ関係ないだろうから、 アンがどきどきして心臓が張り裂けそうなイメージか? あるいはそれを皮肉っているのか?あるいは友情の血の盟約のイメージ?
[Annotated AGG,p.437-438] に紹介されているが、Elizabeth Waterston : "Kindling Spirit"では bleeding-heartとpeonyは情熱と成就を意味し、 bleeding-heartはアンがこれまで孤独で悲惨だったことを意味するとのこと。 もしそうならbleeding-heartがアンで、crimson peonyがダイアナとも解釈できる。
great splendid crimson peonies
これも心痛のイメージか、あるいは二人で顔を赤くしていることのイメージか? [西洋シンボル事典,p.150] では、peony(しゃくやく)は棘のないバラである聖母マリアのシンボル。 以下のScotch roseと同じ意味か?
narcissi
水仙。ここでもアンの自己陶酔の意味か?
thorny, sweet Scotch rose
Scotch roseは別名burnet rose。 Sir William Burnett(1779-1861)にちなんだburnett液という木材の防腐剤がある [リーダーズ+] 。もしかして腐らないで永遠に続く意味?
[基教シンボル事典] によると、聖母マリアは棘のないバラと呼ばれることがある。 棘を強調したのは、理想と異なっていて、 友達の関係が棘と香りつまり短所と長所を両方持つ意味だろうか?
あるいはバラの頬のダイアナのこと?
columbines
[西洋シンボル事典] では、キリスト降誕図に描かれマリアを示唆するとある。 [基教シンボル事典] では、青い花は聖母マリアにまつわる花の1つとある。 キンポウゲ科でbuttercupと親戚関係らしい。buttercupは邪気のない女の子の意味 [リーダーズ+] で、 アンが帽子に飾った花でもあるから、アンのことか?
Bouncing Bets
サボンソウ、シャボンソウあるいはsoapwort, Boston pink [リーダーズ+] 。bouncingでよくはずむ、元気なの意味もある。BetsはElizabethの愛称。 陽気でほっぺたがピンクなダイアナのことか? ここまでは2つの花がペアで登場する。アン/ダイアナの順で3回繰り返されている? (bleeding-hearts/peonies,narcissi/Scotch roses,columbines/Bouncing Bets)
southernwood
ニガヨモギ、あるいはboy's-love, lad's-love,old man [リーダーズ+] 。いずれアンとダイアナに現われる恋人のこと?
ribbon grass
クサヨシ、リボングラス、あるいはgardener's-garters,lady's-laces,painted grass [リーダーズ+] 。ガーター勲位はナイトの最高位。上のsouthernwoodと同じで、 いずれアンとダイアナに現われるナイト役の男性のこと?
mint
ミント、古い言い方で、ほのめかすの意味がある [リーダーズ+] 。southernwood, ribbon grass,mintで、複数の男性がいずれ登場するということ?
Adam-and-Eve
ラン科の植物、あるいはputtyroot [リーダーズ+] 。アンとダイアナがアダムとイブの役目になったこと? 生まれたままの姿の意味もあるので、アンとダイアナの直接の心の結びつきのことだろうか?
[Annotated AGG,p.438] ではAdam-and-Eveとsouthernwood(lad's-love)は、 いずれ二人の友情は男性の恋人の登場に適応しなければならないことを示すとしている。
daffodil
ラッパスイセン、スコットランドの言葉でおどけた、たわいないの意味もある。 [リーダーズ+] 。二人の約束が無邪気なものであることを示す?
sweet clover
live in the cloverで安楽に暮らすの意味 [リーダーズ+] 。ダイアナがこの庭と家でこれまで満たされて暮らしてきたということ? あるいはAdam-and-Eve,daffodil,sweet cloverで、アンとダイアナの無邪気な約束が長く続くことを意味する?
scarlet lightning
scarlet lychnis、アメリカセンノウMaltese cross(マルタ十字)、 あるいはベニカノコソウred valerian [リーダーズ+] 。前述のナイト役の男性のことだろう。
musk-flower
ジャコウミズホオズキ、ジャコウアオイ、トロロアオイモドキ、 あるいはmusk-plant, musk rose, abelmosk [リーダーズ+] 。musk catでしゃれ男の意味があることから、これも男性を意味していると思う。 つまり"scarlet lightning that shot its fiery lances over prim white musk-flowers"で、現われる男性が複数であり、恋の鞘当てを演じることを意味する?
a garden it was where sunshine lingered ... purred and rustled.
時間が止まった永遠の楽園のイメージ。
Why it's dreadfully wicked to swear
[マタイ伝,005:034]
But I say unto you, Swear not at all; neither by heaven; for it is God's throne:
誓っちゃいけないらしい。
"Why it's dreadfully wicked to swear," she said rebukingly. ... "I never heard of but one kind," said Diana doubtfully.
ダイアナの無邪気さ、禁じられたことに対する疑いの念、 無理やり言いくるめて誓わせる知恵者のアン。 エデンの園におけるイブと蛇の会話と言っても全然違和感がない。
We must join hands
[ロマンティクの歴史,pp.59-60] によると、メロヴィンガ王朝(486-751)以前の主従の誓約は、 跪いて両手を合わせ、誓いを述べ、接吻することで行われ、 フランク王国のカロリンガ王朝(751-987)に入ってから、それまでの主従の誓約に加え、 福音書や聖遺物の上に手を置いて神への誓約も同時に行う風習が一般的になったとのこと。 またキリスト教の誓いの言葉が導入されたことで、騎士と中世騎士道が生まれた [ロマンティクの歴史,p.90] 。 アンとダイアナの誓いは、初期のゲルマン風の誓いに似ていると思う。
It ought to be over running water
流れる川は更新の象徴 [西洋シンボル事典] 。アンとダイアナの契約が新たに開始されるための手続きだろう。
I solemnly swear to be faithful to my bosom friend
The Book of Common Prayerの"SOLEMNIZATION OF MATRIMONY"に似ていると思う [Common Prayer]
that, as Isaac and Rebecca lived faithfully together, so these persons may surelyperform and keep the vow and covenant betwixt them made, and may ever remain in perfect love and peace together, and live according to thy laws; through Jesus Christ our Lord.
Amen.
18章でも同じ誓約が繰り返される。 この誓いではアンとダイアナの愛が予告されている(perfect love and peace)。 ダイアナはアンを愛するようになったことに自然と気づいたが、 アンは気がつかず、17章でようやく気がつくことになる。
as long as the sun and moon shall endure
[詩編,072:005]
They shall fear thee as long as the sun and moon endure,
throughout all generations.
その他に、近い表現が [詩編,136:008-009] にもある。神や王を讚える詩を流用しているので、神の名の乱用である。 罰当たりなことを言うという、ダイアナが知っている意味とも言える。
You're a queer girl
アン自身やアンの言動の形容詞にqueerが多用されている。 マリラの観点ではマシューもqueer。
Dryad
Dryadは木の精ドリュアス [リーダーズ+] 。DryadはRobert Browningの"Pippa Passes", chap IIのJulesのセリフにも登場する。 [Works of R. Browning,p.228]
From the cleft rose-peach the whole Dryad sprang.
また、John Kaets, "Ode to the Nightingale", st. 1にも登場する。 [Familiar Quotations,p.415]
That thou, light-winged Dryad of the trees,
In some melofious plot
Of beechen green, and shadows numberless,
Singest of summer in full-throated ease.
他にもHenryk Sienkiewicz, "Quo Vadis"等。
he sheepishly produced a small parcel from his pocket and handed it to Anne
[日記(E)1,p.53, June 22, 1891] に、LMMがsheepishを使ってMr. Mustardを評した言葉がある。
...he picked some wild roses and sheepishly -- oh, he is so sheepish always -- asked if I would wear them!
マシューの動作に似ていると思う。おどおどしたマスタード先生を嫌っていたのなら、 同じようにLMMはマシューも嫌うような気がする。アンはマシューがおどおどするのは気にならないのか?
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osawa
更新日: 2002/12/07