メモ:11章
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11章 日曜学校の第一印象
- Anne's Impressions of Sunday School
- 日曜学校はいまいちぱっとしない印象だったのと、
アヴォンリーに来てはじめて行った日曜学校なので第一印象にした。
- snuffy colored gingham
- snuffyで怒りっぽいの意味
[リーダーズ+]
。アンの性格やこれからのトラブルを意味する?
- black-and-white checkered sateen
- 白と黒は修道女の服を想像させる?
checkeredで抑制する、sateで満腹させるの意味
[リーダーズ+]
。全然満足しない服の意味?
- stiff print of an ugly blue shade
-
stiffは型にはまりすぎたの意味、printは型を押し付ける意味
[リーダーズ+]
。
青は(義務に?)忠実を意味する
[西洋シンボル事典]
。憂うつな、インテリの意味もある
[リーダーズ+]
。shadeは亡霊、in the shadeで物陰に隠れた(忘れられた)の意味
[リーダーズ+]
なので、blue shadeは古めかしい過去を引きずったの意味だろうか。
つまり、いつまでも古いやり方を踏襲するマリラへの皮肉?
- plain skirts
-
[Annotated AGG,p.440]
では、マリラの目が悪くて実際に縫い物が得意ではなかった可能性をあげている。
マリラの性格でプレーンな服にした部分が多分にあるだろうが、
確かに料理はうまくても縫い物は今一つなのかもしれない。
- I'd be ever so much gratefuller
- more gratefulが正しい。アンの文法能力に欠陥があることを示す。
"-er"を付けただけで比較級にするなど、
これ以外にも今までまともに学校に行けなかったことを表現するために、
文法の誤りが意図的に導入されている。
17章のbusum friend, improoveも同じ。
- a quarterly
- 日曜学校用の季刊の教科書
[Annotated AGG,p.128]
。
AGG(J):15章
のPansy Bookも参照。
- warnings of a sick headache prevented
Marilla from going to Sunday-school
-
頭痛関連で調べてみると、緑内症(glaucoma)で頭痛や眼痛を感じる場合がある
[頭痛日記]
とのこと。
38章で眼科医に、このまま放置すると失明すると言われていることから、
この頭痛は緑内症
[山林眼科]
の症状だったのかもしれない。
19世紀末の眼科の医療事情は見つからなかったので、
当時はどういう診察や治療が一般的だったかわからなかった。
マリラは目や神経に対するストレスを避ける、眼鏡をかけるという治療(?)を受けている。
- holding her ruddy
head with its decoration of pink and yellow very proudly.
- ピンクはおめかし屋、黄色は疑い深いの意味
[リーダーズ+]
。yellowは日曜学校で村の女の子達に溶け込めないことを意味する?
[Annotated AGG,p.436]
では異教のギリシャの乙女(例えばダフニスとクロエのクロエ)としている。
また、
[Kindling Spirit,p.51]
では、ピンクと黄色(の組み合わせ?)は嫌悪を示唆するとある。
[Annotated AGG,p.436]
では疑わしいとしているが。
[Kindling Spirit,p.51]
の意味が正しいかどうかはさておき、
キリスト教の古典絵画では物だけでなく色にも象徴的な意味を持たせているし、
この象徴だらけのAGGでは、普通以上に意味付けされていると考えておかないと、
意味がとれないだろう。
上記のように黄色だけで十分ネガティブな意味は伝わるし、
ピンクはおめかし屋で良いんじゃないだろうか?
- Nothing daunted, Anne proceeded onward to the church alone.
- アンの台詞に限らず勇ましい軍隊風の表現は何度か出てきている。
アンは何かの戦いの詩を歌いながら行進していったのだろう。
- all staring with curious eyes at this stranger
- 教会に行く前にマリラがアンにこうするなと言ったことを、
この子達はすっかり実行している。例えば、
Don't stare at people and don't fidget.。
- extraordinary head adornment
- アンには冠は喜びや威厳の徴
[西洋シンボル事典]
であったはずだが、
実際はいばらの冠(
[マタイ伝,027:029]
[マルコ伝,015:017]
[ヨハネ伝,019:002]
)となった。
- Oh, no, just under my breath.
-
[Alpine Path,p.19]
に、LMMがエミリーおばさんとクリフトン教会で、
牧師が天国について喋っている時にお喋りするくだりがある。
"Where is Heaven?" I whispered to Aunt Emily, although I knew well that
whispering in church was an unpardonable sin.
礼拝中にコソコソお喋りするのは良くないと分かっている、でも聞きたいことがある/喋りたいことがある。
子供はみんなこうである。
ちなみにこの後で、エミリーおばさんが天を指さしたらので、LMMは教会の屋根裏を天国だと勘違いした。
この件はAA, 16章で、デイビーがサイモン・フレッチャーの屋根裏を天国と思った話で使われる。
- It isn't a really truly religious piece of poetry
- really trulyは2章のa really truly home,
11章のreally truly puffsでも使われている。
- Quick as the slaughtered squadrons fell In Midian's evil day
-
-
Midianは聖書に出てくる地名
[松本訳,p.485]
。
[出エジプト記,002:015]
Now when Pharaoh heard this thing, he sought to slay Moses.
But Moses fled from the face of Pharaoh, and dwelt in the land
of Midian: and he sat down by a well.
-
[民数記,031:007]
And they warred against the Midianites, as the LORD commanded
Moses; and they slew all the males.
モーセは神のお告げでメディアン人に報復した。
この時のモーセのイスラエル側の兵力は12000人で、大掛かりな戦争だったようである。
slaughtered squadronsはミディアン人の兵団で、
モーセ側と同じく歩兵団の百人隊か千人隊のことだろう
[民数記,031:014]
。
ギリシャやローマにならって(?)、当時の戦闘形態はどこでもみな同じということか?
-
19世紀のPresbiterian hymn bookから
[Use of Quot. & Allusion,p.18]
。
[士師記,8]
[イザヤ書,9]
に基づいてJohn Morisonが改訂した
Translations and Paraphrases(1745)から
[Annotated AGG,p.132]
。
[士師記,7]
では300人がギディオンのもとでミディアン人と戦った
。
ちなみに
[イザヤ書,009:004]
はこうである。
For thou hast broken the yoke of his burden, and the staff of
his shoulder, the rod of his oppressor, as in the day of
Midian.
-
イスラエルはミディアンや周辺諸民族と何度も戦っているらしい。
[天路歴程(E){136}]
にも、ミディアンとそれを倒したギデオンが引用されている。
the pitchers, trumpets, and lamps too, with which Gideon
put to flight the armies of Midian.
- I just let my thoughts run and I thought of the most surprising things
- Sir Walter Scott, "Marmion", Introduction to Canto Third, St. 1, 10に、
少しだけ雰囲気が似ている表現がある。
Then, wild as cloud, or stream, or gale!
Flow on, flow unconfined, my Tale!
だから、奔放であれ、雲のように、川の流れのように、一陣の風のように!
流れ続けよ、縛られずに流れよ、我が物語よ!
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osawa
更新日:
2002/12/07