花束で迎えられた先遣隊 (もちろん、演出に決まっているだろう。金さえ払えば「フセイン万歳」とさえ叫ばせる事ができるだろうし) だが、本隊はゲリラの迫撃砲で迎えられる、なんて事にならなければいいのだが、基本的には紛争地に行くのだから、それなりの結果になりそうだが、、、棺一杯の花束に包まれて無言の帰宅、とか。
ロサンゼルスの 全米日系人博物館の資料を見ると、まさにアメリカ市民だと認めてもらうために、壮絶な戦いと多大な犠牲を払わなければならなかった事が判る。
もう戦争に行かなくて済む世代の人間が言った。 「湾岸戦争後、クウェートが新聞に出した感謝の広告に日本は記されていなかった、 金銭的に貢献するだけじゃだめなんだ」と。
あれは単なるミスであり、後に訂正された。「日本なんか貢献したとは認めないぞ」という悪居は別に無かったようだ。外国軍に解放してもらった国が、そんな態度が取れる筈が無い。しかし、新聞広告に「JAPAN」の5文字が無かった事は、繰り返し繰り返し日本で強調され、今では定説になっている。
彼らは、今度は念願かなって自衛隊の若者をイラクに派遣する事に成功した。
何が欲しい?
JAPAN の 5 文字を新聞に載せて欲しいのか?
そのために、若い自衛隊員が犠牲になってもか?
新聞広告に 5 文字を載せるぐらいだったら、私が金を出してやろうか?
今、日本はアメリカの同盟国だ。「同盟国なら、血を流せ」と言われれば、自衛隊員を送らざるを得ないのだろう。
今、あからさまな情報操作が日本でも行われている。「自衛隊は、市民に歓迎されているのだ」と。まず、こうして隊員を送り込んでおく。そして、犠牲者が出たら「市民には歓迎されているのだが、卑劣なテロ組織が・・・」と弁明するのだろう。
こうして歴史は繰り返される。日本は、アメリカの同盟国と認めてもらうために、若い自衛隊員達の命という犠牲をイラクの地で払わされるのだ。
もちろん、こんな事は隊員を送る側は先刻承知だろう。むしろ、日本は自衛隊員らにイラクで死んでもらいたいと思っているのだろう。同盟国である証を示すために。